2024/10/09
令和6年度 第1回 企業コンソーシアム研修会を開催
(ページの最終更新日:2024年10月9日)
<開催日時>
日時:2024年9月11日(木)16:00~17:30
形式:オンライン形式
開会のご挨拶
第一生命保険株式会社 生涯設計教育部フェロー 真鍋徹座長より
この研修会に先立ちまして特別講演ということで、職域におけるがん検診のあり方について福井県健康管理協会 がん検診事業部長の松田一夫先生よりご講演をいただきます。松田先生におかれましては、厚生労働省で「がん対策推進協議会」の委員をお務めになり、「がん検診のあり方に関する検討会」の構成員でもあり、長年企業の対策について、国とも向き合い、各企業への指導と実績がございます。
特別講演「がん検診のあり方」について
職域におけるがん検診は、何を、どのように行うべきか?
福井県健康管理協会 がん検診事業部長 松田一夫氏
<日本人の死亡原因について>
まず、年齢別に死亡原因を見てみたいと思います。20代30代は亡くなる方は当然少ないですが、原因としては自殺が多くなっています。若者に対しては、職場での自殺対策が重要と言えます。40歳を過ぎた頃から従業員にがんが見つかる傾向にあり、職域のがん対策は極めて重要です。定年退職すると、がんの他に心疾患や脳卒中や肺炎などが、死亡原因の主なものになってきます。
<罹患するがんについて>
第4期がん対策推進基本計画が昨年3月に閣議決定され「誰ひとり取り残さないがん対策を推進し、全ての国民とがんの克服を目指す」ことを全体目標にしています。そして、がん予防分野のエリア目標としては「がんを知り、がんを予防すること、がん検診による早期発見・早期治療を促すことで、がんの罹患率・がん死亡率の減少を目指す」としています。しかしながら、私は多くの人が取り残されていると認識し、対策の必要性を主張しています。
生涯にがんに罹患する確率は2人に1人で、男性で見ると3人のうち2人が、がんになります。生涯のがん罹患として確率が高いのは男性だと前立腺がんや大腸がん、胃がん、肺がんなど。女性は生涯で2人に1人ががんになり、最も多いのが乳がん、ついで大腸がんです。
生涯のがん死亡でみると、男性であれば4人に1人ががんで亡くなり、肺がん、大腸がん、胃がんの順です。女性の生涯がん死亡は、大腸がんが最も多いです。大腸がんは男女合計すると日本人が罹患するがんの第1位であり、死亡では肺がんに次いで第2位です。
<日本のがんの現状>
日本人のがんの原因は、遺伝も中にはありますが、5%か、高々10%程度だと言われています。がんの9割以上は生活習慣や加齢によるものです。生活習慣として重要なものがやはり喫煙です。そのほかに、感染ががんの原因になります。胃がんで言うとヘリコバクターピロリつまりピロリ菌、肝臓がんではC型やB型肝炎のウイルス、子宮頸がんはヒトパピローマウイルス(HPV)があります。その他にアルコールや肥満ががんの原因になります。
最近、子宮頸がんを予防するHPVワクチンに関する報道が盛んにテレビで流れています。HPVワクチン接種は小学校6年生から高校1年生の女子が対象です。また、これまで接種の機会はあったが、接種の機会を逃していた人たち(誕生日が1997年の4月2日から2008年4月1日の27歳以下の女性)には、キャッチアップ接種が行われています。ただし、これは9月中に3回接種のうち第1回目のワクチン接種をしないといけないので、注意していただきたいです。HPVワクチンは120か国以上で公的接種が行われ、イギリスやオーストラリアでは接種率が8割以上に対し、日本は極めて低く、令和3年度の接種率、こと3回接種を終えた割合では26%です。子宮頸がん対策はHPVワクチンと子宮頸がん検診が重要ですが、日本ではいずれも非常に低い割合に過ぎません。
大腸がんは、男女ともアルコールが原因です。純アルコール量を求める計算式は、アルコールの度数に量をかけ、さらに0.8をかけます。例えば、度数5%のビール500mlは純アルコール量が20gという計算になります。毎日500ml缶のビールを飲んでいると、男女ともに大腸がんのリスクが高くなり、乳がんは350ml缶1本で乳がんのリスクが高くなります。中でも少量のアルコールを飲むだけで顔が真っ赤になる人は、お酒を飲むのは非常に危険だと理解していただきたいと思います。
子宮頸がんと乳がんの年齢調整死亡率について。他国が子宮頸がん死亡率を着実に下げているのに対し、日本は上昇傾向にあり、G7では最悪となっています。日本の乳がん死亡率はG7の中では高くありませんが、最近は横ばいです。G7の他の国々では死亡率を下げていますが、日本は減っておらず、そのうちに他の国々よりも死亡率が高くなる可能性もあります。
日本では大腸がん検診を開始した4年後の1996年頃から年齢調整大腸がん死亡率を下げていますが、日本は男女ともにG7で最悪です。とりわけ大腸がん死亡率を大きく減少させているのが米国です。米国による大腸がん死亡率の減少には、生活習慣の改善すなわち肥満対策や運動が寄与していますが、それ以上に効果を発揮しているのは、大腸がん検診と言われています。米国では、大腸がん検診によって死亡率を明確に減少させています。
<検診と検査について>
「がん検診」には、”Do no harm”すなわち危害を加えないことが求められます。がん検診は、自覚症状がない人を、安価で簡単かつ大人数に実施できる方法でふるいにかけ、引っかかった人ががんでないかどうか調べるものです。一方、自覚症状がある場合は有病率が高い、すなわちがんが見つかる可能性が高いので、「診療上の検査」によって原因が明らかになるまで徹底的に調べるため、がんを見逃さないよう非常に高い精度が求められます。自覚症状がある場合はがん検診ではなく、検査を受けるべきことを、是非ともご理解ください。
がん検診では死亡率の減少が不可欠であり、加えて利益が不利益を上回ることが重要です。利益とは第一にがんの死亡リスクが減ることであり、早期発見によって軽い治療で医療費も少なく済むこと、異常がなければ安心できることも挙げられます。不利益には検診や精密検査に伴う偶発症や放射線被ばく、がん検診で見つからないために起こるがん発見の遅れ、過剰診断や偽陽性などがあります。偽陽性はがん検診の最大の不利益と考えられ、がんがないのに要精検と判定されたことによる精神的苦痛は極めて大きく、不要な精検のために費用がかかり、偶発症が起きるのも不利益です。このことから、がんではない人はできるだけ要精検としないことが重要です。
<各がんの5年生存率>
検診が行われる5つのがんと、膵臓がん、甲状腺がん、前立腺がんの5年生存率をみると、いずれのがんも早期であれば生前率がとても高いものの、4期では極めて下がってしまいます。しかしながら膵臓がんは1期であっても5年生存率は高くありません。甲状腺がんと前立腺がんはほぼ死亡に至らないがんですので、過剰診断の代表です。甲状腺がん検診は日本ではあまり行われていませんが、韓国では乳がん検診と同時に首に超音波を当てて行います。そのため甲状腺がんがたくさん見つかりますが、ほとんど死に至りません。
<各がん検診の違い>
現在、がん検診は市区町村と職域で行われるほか、個人的に受ける人間ドックがあります。市区町村によるがん検診は「対策型検診」と言われ、対象集団のがん死亡率を下げることを目的としています。健康増進法により報告義務があり、特定の地域住民が対象となります。有効性が確かな方法、対象年齢が指針で定められています。利益が不利益を上回ることが絶対条件であり、特異度(がんではない人を精検不要と判定する割合)を重視します。
職域におけるがん検診には法的根拠や報告義務はなく、実施方法が様々で、事業所や健保組合、関係する健診機関などの意向により決められます。人間ドックに関しては、全くその規定がありません。
<信頼性の高いランダム化比較試験>
新たながん検診の有効性を評価する上で最も信頼性が高いのはランダム化比較試験(RCT)です。まず対象者を無作為に「検診を受ける群」と「受けない群」に分け、その群を追跡して、死亡する割合がどうなのかを比較して、新たな検診に効果があるのか検証します。
新たながん検診を導入するにあたって、研究班が国内外の論文を吟味して有効性と推奨度を決定し、『有効性評価に基づく○○検診ガイドライン』を作成します。次に厚生労働省のがん検診のあり方に関する検討会で、有効性や利益・不利益バランス、実現可能性などが議論されます。これまでに乳がんの乳房超音波検査、子宮頸がんのHPV検査や、胃の内視鏡検査導入などが議論されています。それが認められれば、がん予防重点健康教育及びがん検診実施のための指針が改定されます。このような流れで今年の2月、子宮頚がん検診にHPV単独検査が導入されました。
<がん検診の基本的な考え方>
正しい検診を正しく受けること――死亡率減少が証明されているものをしっかり精度管理をして受けていただくことが極めて重要です。精密検査が必要になれば精密検査を受けること。これは職域におけるがん検診でも同様で、極めて重要です。
第4期がん対策推進基本計画では以下を明記しています。
科学的根拠のあるがん検診を推進する。指針に基づかないがん検診を止める、指針から外れる年齢及び検診間隔も止める。受診率の目標は60%、精検受診率の目標は90%とする。
<女性のがん、大腸がんの罹患者数と検診>
子宮頸がんは他のがんと異なり、30~40代の若い年齢に見られます。乳がんは、これまでは40代が一番多いと言われていましたが、今は30代後半から見つかり、年齢とともに罹患が増え、70歳前後の罹患がもっとも多く、80代の罹患も増えています。
大腸がんは加齢とともに増えるがんの代表であり、40代から見つかりますが、特に多くなるのは50代から、男性の方が女性より罹患が多いです。
子宮頸がん検診は20歳以上、2年に1回、細胞診で行われます。婦人科医ががんのできやすい部位からブラシで細胞を取り、細胞検査士が顕微鏡で標本を判定します。5つのがん検診の中で最も正確です。ただし、子宮体部や卵巣は見ていません。性交によって感染するHPVが原因なので、予防のためにはHPVワクチンが有効です。30歳から60歳を対象に、5年に1回のHPV単独検査も認められました。
子宮頸がん死亡率は、日本は横ばい~やや上昇気味です。それに対して、オーストラリアは着実に死亡率を下げています。オーストラリアは2035年までに子宮頸がんを撲滅すると言っています。2019年のデータによれば、HPVワクチン接種率がオーストラリア、イギリス、カナダが8割ですが、日本は1.9%に留まっています。
乳がん検診は40歳以上、2年に1回、マンモグラフィで行います。NPO法人日本乳がん検診精度管理中央機構が資格認定した診療放射線技師が撮影し、画像も評価され、読影資格をもつ2名の医師で判定されることから、非常に精度管理されています。もう一つ重要な点として、ブレストアウェアネスが強調されています。これは自分の乳房に関心を持つことであり、入浴時、胸を素手で洗ってみることがお勧めです。それでしこりに気がつけば乳腺外科に行きましょう。乳がんの早期発見につなげるためですが、これは乳がんだけではなく、他のがんにも共通しています。自分の体に気を配り変化に気がつくことは極めて重要です。また、多くの40歳代の女性の乳房は乳腺が多くマンモグラフィで白いため、白く映る乳がんはなかなか見つけにくい状況にあります。そこで、マンモグラフィに超音波を併用するべきか研究が続けられていますが、まだ有効だという証拠が得られていません。引き続き要検討とされています。
日本における大腸がん検診は1992年に開始され、40歳以上で年齢上限の設定はありません。検査法は便潜血検査2日法で、有効性は確実です。便潜血検査が陽性になったら全大腸内視鏡検査を行います。重要な点ですが、大腸がんからの出血は間欠的なので、便潜血検査をもう1回するというのは絶対やってはいけません。繰り返し便潜血陽性となるのは極めて少数、大腸内視鏡検査にも偽陰性いわゆる見逃しがあり得ます。便潜血検査が1日のみ陽性であっても、昨年異常がなかったとしても、内視鏡による精検を受ける必要があります。
しかし大腸がん検診には問題点が3つあります。
【問題点1】
中間期がんの存在です。陰性であったにも関わらずその後に自覚症状で見つかるがんが約12%あり、とりわけ右側結腸に多いのが特徴です。ただし中間期がんであっても、自覚症状で見つかったがんより生存率が良好ですから、それほど心配する必要はありません。
【問題点2】
極めて大きな問題点は、精検受診率が低いことです。市区町村で行ったがん検診で40歳から69歳について見ると、精検受診率は69.9%で3割の方が精検を受けていません。女性よりも男性の精検受診率が低いです。かかりつけ医で受けた個別検診での大腸がん検診の精検受診率が低く、年齢で言うと40代、50代の精検受診率が低いです。精検を受けないと大腸がんの死亡リスクは、精検を受けた人から見つかったがんと比べて約4倍高くなることがわかっていますので、必ず精検を受けてください。
職域での精検受診率は40%程度に留まっています。後述しますが、職域では精検を受けているかどうか結果を集計できないため、低く出ている可能性もありますが、地域保健・健康増進事業報告に比べると、職域のがん検診は極めて精検受診率が低いです。
大腸がん検診で便潜血検査陽性でなぜ内視鏡検査を受けないのか、オリンパスが行った意識調査によると、「痔の出血で陽性となったかもしれないから」という回答が最も多いです。「自覚症状がなかったから」「痛くてつらそうだから」という意見もあり、便潜血検査陽性の意味が十分に理解されていないと考えざるを得ない状況です。
【問題点3】
日本では正確ながん検診受診率が不明です。市区町村にはがん検診の実施状況を報告する義務がありますが、職域のがん検診にはそれらの義務が全くありません。したがって私達は正確な受診率を把握できないので、『国民生活基礎調査』アンケートで受診率を見ています。『国民生活基礎調査』は3年に1回、70万人ほどを対象にした非常に大規模な調査です。5つのがん検診をどのように受けたか調査しており、大腸がん検診は便潜血検査等を受けているか、市区町村で受けたか職域で受けたか等です。しかしこの調査の大きな問題点として、対面による説明がありません。回答者も受診時期の記憶が曖昧だったり、がん検診と診療で受けた検査を混同したりすることから、回答の信ぴょう性も絶対ではありません。
<日本でのがん検診受診率>
年齢の上限を69歳とした統計ですが、男性に比べると女性のがん検診受診率が低いです。男性では肺がん検診と胃がん検診が50%をわずかに超えているが、大腸がん検診は50%を切っています。女性については50%を超えているがん検診はひとつもありません。
がん検診を受診しない理由を調査すると、「心配なときはいつでも医療機関を受診できるから」が最多です。「費用がかかり経済的にも負担になるから」「受ける時間がないから」といった回答もあります。職域におけるがん検診には法的な規定がないため、受けられない人たちもいます。全ての人が受けられる法の整備、体制作り、そして、誰が受けたか把握する名簿の管理が必要になってきます。
<職域におけるがん検診の現状と将来>
がん検診のあり方に関する検討会の資料(2023年12月)によると、健保組合と共済組合では被保険者のがん検診で、乳がん検診、子宮頸がん検診の実施率が低く、国民生活基礎調査によれば乳がん検診、子宮頸がん検診を職域で受けた人の割合が非常に低いのが現状です。職域で働く女性の目の前に女性のがんがありますが、がん検診を受けられていないことが浮き彫りとなっています。また、職域におけるがん検診は法律の定めがないため、事業主が従業員のがん検診に関する情報を得ると、安全配慮義務の拡大を招くという考えもあります。個人情報保護法が障壁となり、がん検診の結果、精検受診状況や結果を把握することが困難なため精検受診率が低いという見方もあります。その一方で、社員1人1人から事前に同意を取得し、精検受診勧奨および結果を把握している企業もあります。
今後は、まず職域でがん検診がどの程度行われているのか、実態を把握する必要があります。職域でがん検診を行う場合には「職域におけるがん検診に関するマニュアル」を参考にして、市区町村と同様の項目と精度管理で行うことを推奨します。精検の受診状況を把握するため、事前に社員1人1人の同意を得て、精検受診勧奨を行い、精検結果を把握することが重要です。がん検診を行っていない事業所では、従業員は勤務時間中に市区町村のがん検診を受けられるよう特別休暇を与えてほしいと思います。韓国では、従業員に対してがん検診を受けるための1日の休暇を提供することが義務化されています。日本も将来的には、すべての事業所でがん検診を実施するよう法律で定める必要があると思います。
<他国の大腸がん検診と日本の比較>
日本は大腸がん検診の対象年齢に上限がありませんが、英国では、スコットランド、ウェールズ、イングランド、北アイルランドいずれも74歳までとなっています。検診開始年齢はスコットランドが50歳から、ウェールズは51歳から、イングランドは54歳から(50~53歳にも拡大中)、北アイルランドは60歳から。間隔は2年に1回、便潜血検査1日法です。受診率は全地域60%を超えていて、最も高いのがイングランドの70%です。
日本の大腸がん検診の対象年齢は40歳以上で上限の設定はなく、1年に1回、2日法で、受診率が40歳から69歳で見ると45.9%という状況です。
米国には様々な大腸がん検診の方法があります。まず年齢が、50歳から75歳が推奨A、45歳から49歳が推奨B、76歳から85歳では個々に応じて行い、86歳以上には推奨しません。最も多く行われているのが、10年に1回の大腸内視鏡検査です。便潜血検査も行われていますが、非常に少ないです。米国では加入している医療保険によってほぼ無料でがん検診が受けられます。2021年における50歳から75歳の受診率は全体で72.2%、大腸内視鏡検査の受診率は63.1%という状況です。米国では2000年から毎年3月を、国を挙げての大腸がん啓発月間『Colorectal
Cancer Awareness
Month』に定め、大腸がんの予防・啓発活動に努めています。多くの米国人は民間保険、Medicareや、Medicaidに加入し、大腸がん検診のとしての10年に1回の大腸内視鏡検査が無料です。
一方、便潜血検査陽性に対する精密検査では、$99~$231(日本円で1万数千円から3万数千円)が請求されます。有症状のために受ける検査はさらに高額となるので、10年に1回の大腸内視鏡検査を多くの人が受けています。ただし人種差もあり、アジア系の米国人は内視鏡検査より、便潜血検査を好む傾向にあります。また大腸がんの死亡率については、日本、英国、米国ともに減少させています。
韓国の大腸がん検診受診率は、2022年OECDのデータによると受診率72%です。韓国で大腸がん検診が始まったのは2004年で日本より12年遅れていますが、日本よりも死亡率減少を達成しています。免疫便潜血検査は日本が開発したものですが、日本では諸外国ほどの効果を発揮していないのが現状ということになります。
台湾における2004年から2009年の報告があり、500万人以上に受診案内をして、その後の死亡のリスクを見ています。大腸がん検診、免疫便潜血検査1日法を2年1回、これでも大腸がん死亡率が4割減ることが証明されました。近位結腸の大腸がんに関しては、遠位結腸に比べると効果が小さいです。便潜血検査の弱点が右側すなわち近位結腸にありますが、それでも4割の死亡率減少を示し、証明できたということです。
ポーランドや北欧で行われたノルディック研究というものが報告されています。これは内視鏡による大腸がん検診の成果で、研究に参加した55歳から64歳の8万4,585人を10年間追跡した結果、内視鏡を案内群のうち実際に内視鏡検査を受けたのは42%しかいませんでした。内視鏡の案内をされなかった群と比較して、累積大腸がん死亡リスクには差が出ませんでした。実際に内視鏡検査を受けた人については非常に効果があることがわかっていますが、集団としては死亡率減少に繋がりませんでした。
日本でもAkita Pop-corn
trialが追跡作業中ですが、内視鏡による大腸がん検診が始まっても受診率が低ければ、日本全体の死亡率減少には繋がらないことを、私達はよく認識しないといけません。内視鏡による大腸がん検診の有効性が確かになれば、導入が議論されます。がん検診のあり方に関する検討会で、この結論が出る可能性があると見ています。大腸内視鏡検査は前処置として便を全て出す必要がありますが、下剤も様々で、量も減っていて、検査も決してつらくありません。今は便潜血検査が陽性の場合に内視鏡検査を受けるのですが、将来的には便潜血検査が陰性であっても生涯に1度は内視鏡による大腸がん検診を多くの人に受けていただきたいと思っています。
<胃がんとピロリ菌感染について>
ピロリ菌に感染している人は胃がんになる可能性が高いですが、ピロリに感染してない人は胃がんの危険性は極めて低いです。ピロリ菌に感染してない人たちは毎年胃がん検診を受ける必要はないことがわかっています。何年空けられるかは、まだ結論は出ていませんが、少なくとも今、胃がん検診は2年に1回、対象年齢が50歳以上となっています。ピロリ菌感染の有無を判定することが極めて重要です。除菌をすると胃がんにならないのではなくて、胃がんのリスクが減る、実はそれほど大きなリスクの減少ではないことも踏まえておきたいです。除菌治療に成功しても、継続して胃がん検診を受けてほしいです。
<すべての人にがん検診を実施>
がん検診はすべての人に受ける権利があります。科学的根拠があるがん検診を実施し、受診率は60%、精検受診率は90%が目標です。職域での受診が一般的になれば、家族に対しても受診を促す効果があります。がん検診を行ってない事業者では、従業員が市区町村のがん検診を受けるための特別休暇を与えてほしいです。事業者は本人の同意を得て、がん検診結果を把握し、要精検者には精検受診勧奨と精検結果の把握を行うこと、ここまでやらなければ、がん検診は効果を上げません。将来的には職域におけるがん検診を法律で定める必要があります。全ての国民を名簿管理した組織型検診、これは英国や北欧で行っているスタイルで、マイナンバーを使うことが一般的になるでしょう。まだまだ日本ではすぐに導入されないでしょうが、これを実現しなければ日本のがん検診は効果を上げません。
社員に提供すべき、社員だけではなくて自分や自分の家族が受けるべきがん検診とは、まずはDo no
harm――危害を加えないことが原則です。不確かなものは認められません。若い年齢からやるということは、実は不利益が利益を上回ってしまう可能性があります。提供すべきは科学的根拠がある死亡率減少効果がある検診、すなわち市区町村が行う検診が基本になります。がん検診指針に基づいて市区町村が行う検診と同様の項目、年齢、間隔、そして十分な精度管理です。特に高い精検受診率のもとに行うということが今後職域でも求められるがん検診だと考えています。
新たな検診方法の科学的根拠が明らかになれば、おそらく最初に結論が出るのは大腸内視鏡、その次は肺の低線量CT、あるいは乳房の超音波と思いますが、これらの科学的根拠が示されれば検討会にかけられ、市区町村のがん検診として導入するか、あるいは職域におけるがん検診として導入することが妥当か議論されます。
新たな検診の方法を否定するつもりはなく、より良い方法があればそれは当然のことながら取り入れなければいけません。それは企業だけではなくて全ての国民に対して提供されるべきです。科学的根拠が未だ不確かな検診を、十分な説明もないまま、任意型検診(人間ドック)として提供することも推奨されません。高額な費用を払って受ける検診は、当然のことながら、利益が不利益を上回る証拠がないといけません。不確かなものを皆様が率先して受ける必要もなく、社員に対してこのような検診を企業として導入することは、やはり問題です。市区町村が行う検診と同じように行うのが当面必要で、いい方法が出れば、また我々が議論するということになります。特に膵がんが非常に問題で、生存率が極めて低いです。膵がん対策は喫緊の課題だと認識しています。今後早急に検討して、対策を導入する必要があります。
企業コンソーシアムの活動について
第一生命保険株式会社 生涯設計教育部フェロー 真鍋徹座長より
がん対策推進企業アクションは現在約5500の企業・団体が参画し16年目を迎えています。これまでにアドバイザリーボードを結成し、がん検診の受診率向上や治療と仕事の両立支援を中心とした、がんに関する専門知識や企業における運用方法など、最新の情報を発信しています。
企業コンソーシアムは、この企業アクションの活動の中で、職場での正しいがんの知識のため様々な情報の発信やイベントを行っています。企業連携という切り口で自主的に企業が集まって立ち上がっている組織です。企業による企業のための集まりということで、完全に自主参加という形をとっています。「自社と他社の従業員をがんから守るために」という理念を持って活動し、企業による企業目線のがん対策をともに考えることを大きな方針としています。
なかなか職域でのがん検診の受診率把握も難しく、あるいは職域での受診率が低いのではないかというところに関して、企業で検診等を指導する立場の皆様が、実際にどこが障壁になっているか、問題点を共有し、解決策を検討することで、より早く職域でのがん検診受診率向上を始めとして、がん対策について寄与できるのではないか。そしてこれを持続的な取り組みとして社会に広げていきたいという思いでこの活動を続けています。
各企業の事例等を共有し、積極導入を既にされているという企業も多数あります。2022年より東京大学の中川恵一先生に顧問に就任いただき、私が司会進行・座長を務めさせていただいています。
基本的にこの企業コンソーシアムは5,500社・団体全ての皆様が参加可能です。年2回の全体研修会を柱として行っており、令和4年度につきましては国立がん研究センターの若尾先生を講師にお招きし、企業のがん対策、がん検診について、有用な情報についてご講演いただいています。その他、企業の事例発表を2社程度から共有いただいています。令和4年度の後半は医師の立場で企業に求める取り組みということで、聖マリアンナ医科大学客員教授の林先生、そして社労士の立場で両立支援における企業の立場や取り組みの事例を成田先生からご紹介いただきました。
職域でのがん検診に関する情報の取り扱いについて、産業医を代表し東海大学の立道先生より企業のがん検診の情報の取り扱いについて注意するべき点など、ご示唆をいただきました。喫緊のHPVワクチン、そして子宮頸がんのフォローアップ活動についてもこの段階で情報をいただいています。そして2月は両立支援をテーマにして、がんと働く応援団の吉田ゆり様に、両立支援の具体的な企業の事例などを共有していただきました。
本日は2社による分科会、取り組み発表があります。そして第2回の全体研修会は来年の2月を予定していますので、本日ご参加の皆様におかれましては、ぜひ周辺の方々、職域の方々、並びに社外でお付き合いのある企業様と、企業アクション自体の参加も含めてお声掛けいただければと思います。
一つ特筆すべき取り組みとして、2023年1月から企業コンソーシアムの参加企業のうち、過去に厚生労働省より企業アクションの活動として表彰された企業などからの、取り組み事例収集等を目的にして「コンソ40」と名付けた組織をつくり、事例共有等を行っています。
これはもちろん40社集めて、ここの企業だけ取り組むというのではなく、今後この枠をどんどん広げていく上でまず先行で良い点、課題などを明示して、企業コンソーシアム全体の企業に研修のような形で課題テーマをご提供していくものです。この中で主要テーマを現在2つに絞って分科会を立ち上げています。
分科会につきましては一昨年度から特に2つのテーマがあり、ひとつは「職域でのがん検診に関する情報の取り扱いについて」。従業員の個別同意の問題、情報の取り扱いについて、既に先行して、ご自身の会社でルールを決めている例や、全員同意を定期検診と一緒に取り付けるなど、様々な事例に分かれています。これから65歳定年制を迎えるにあたり、働きながらがんの治療を行う方を少しでも減らすために、情報の取り扱いについて今一度どういうふうに社内で考えていくかを検討、議論しています。
それからもうひとつのテーマはまさに「仕事と治療の両立支援」です。ご承知の通りほとんどの企業で65歳、70歳の定年を設けるところが出てきました。この中で高齢化、特に60歳以降急激に罹患者が増えていくがんについて、治療を受けながら、あるいは休みながらお仕事をされるという方が企業では増えてきます。先ほどの予防に関するがん検診の受診率向上はもちろんですが、企業にとって大事な人材であります個々の従業員の皆様への支援について、どういうやり方があるかを検討しています。
本日は本年度第1回目の分科会を終え、分科会のメンバーを代表して2企業から発表をお願いします。それではまず職域でのがんに関する情報の取り扱いについてです。
企業コンソーシアム(コンソ40)活動より情報共有
【分科会①:職域でのがん検診に関する情報の取扱について】
富士通株式会社 健康推進本部シニアアドバイザー 東泰弘様より
職域でのがん検診に関する情報の取り扱いというテーマで分科会を開催しています。今年度の分科会参加メンバーは事業者、それから健康保険組合を合わせて15団体が集まっています。
今年度の分科会につきまして、各社団体の知識の向上、それからノウハウの向上ということは当然ですが、がん対策推進企業アクションのパートナー企業への成功事例等の成果の提供を目指して活動しています。
分科会の進め方は、参加企業・団体からの情報交換、それから各社の好事例、成功事例・失敗事例も含めて共有、それから有識者からの情報提供、学びを得て、今年度の成果としてはがん検診の情報の取り扱い、受診率の向上に関するマニュアル事例集、QA等の作成を目指して進めていきたいと考えています。
がん対策推進企業アクションではホームページに「職域でのがん検診に関する情報の取り扱いについて」が既に掲載されておりますが、そちらの方ももう少し手を加えてわかりやすいものにしていく、そんな活動を目指していきたいと思っています。
がん検診については事前に同意を得て結果を把握して精密検査の受診勧奨を行うことが非常に大切だというお話がありましたが、参画企業の課題を確認していきますと、やはり同意の取得をどうしたらいいのか、具体的に受診勧奨はどうすればいいのか、具体的な成功事例があるか、それを簡易に行う方法はないのか――企業様ごとのお悩みがあり、企業の規模体制等に沿ってわかりやすい情報提供ができるようにしていきたいと考えています。
本年度は第1回として8月30日に分科会を開催しまして昨年度の振り返り、そして今年度の活動計画の検討で、第2回は立道先生からの情報提供と我々が今不明のところを質問して解決していきたいと考えています。第3回は1月に開催して今年度の活動のまとめに向かっていきたいと思い活動をしています。
【分科会②:企業における治療と仕事の両立支援に関する取り組みについて】
アフラック生命保険株式会社 社会公共活動推進室長 伊藤春香様より
企業における治療と仕事の両立支援に関する取り組みについて、参加企業は21社です。 まず昨年度の活動状況の振り返りです。昨年5回の分科会を通じて参加企業の取り組み状況の確認・共有、そして参加企業のそれぞれ治療と仕事の両立支援に関する課題の共有ということでいろいろと情報交換をさせていただきました。この5回の分科会を終えて整理できたことを挙げています。 やはり、両立支援を導入・推進していく上で各企業多くの課題があるということが確認されました。ご参加いただいている企業の多くは両立支援制度を導入しているところがほとんどでしたが、コンソ40メンバーの中にも両立支援制度をこれから導入したいと考えている企業があるということがわかりました。また、両立支援を導入・推進していく上でのポイントをぜひコンソ40メンバー企業にご紹介していきたいということ、コンソ40だけではなくがん対策推進企業アクションの推進パートナーとして登録されている企業にもご紹介していきたいということが挙がりました。 そのような昨年の活動状況を踏まえまして、第1回の分科会は先月29日に行いました。先ほど21社参加企業があると申し上げましたけれども、当日参加いただいたのは13社、また討議内容としては本年度の方向性とゴールについてということでした。 皆様と29日の第1回分科会で協議させていただいた内容についてです。今年度目指したいこととしまして、両立支援制度導入ロードマップというものの検討と制作を進めることになりました。これを私達は自社だけではなくがん対策推進企業アクションの推進パートナーにも活用してもらうことを目指したいです。また、これらの成果物のクレジットには協力企業名を記載することを皆様と協議させていただきました。 いろいろと検討していくべきことが多いですが、このような形で支援制度を導入するときに必要なプロセスに応じ、どんなことが必要かを皆様と協議しながら進めていく予定です。 分科会の進め方として、3回の分科会を経て完成に向けて進めていきたいですが、ロードマップの制作が非常に大きなテーマですので、今年度については全て完成するのは少し難しいかと考えていますので、どこまでできるか皆さんと協議しながら進めていきたいです。
第一生命保険株式会社 生涯設計教育部フェロー 真鍋徹座長
コンソの取り組みと分科会についてご報告をさせていただきました。今までの研修会では具体的な事例を2企業ずつ発表していただいていましたが、今回は枠組みとして皆様にお示しできる分科会の活動を少しご紹介したいという思いがあり、あえて分科会の状況もご報告させていただきました。
もちろん、これは皆様にも今後参画いただいていく、そして事例共有として発信していくものですので、今日ご参加いただいている皆様に情報として今後共有していきます。次回以降の研修会については、また優れた事例を2企業程度紹介して皆様にお役に立つような内容にしたいと思います。
総括(閉会の挨拶)
第一生命保険株式会社 生涯設計教育部フェロー 真鍋徹座長
今日は松田先生より非常に多くのご示唆をいただきました。やはり先進国に比べ、おしなべて日本のがん検診受診率をはじめ、非常にまだ改善の余地があるというようなお話でした。そして、その中心にあるのは市区町村でもあり、職域はまさに我々が担当しています職域の検診受診率や、要精検になったときの精検の受診率、こういったところが実は大きな原因になっているかもしれないと伺いました。
この企業アクションの中で、今日お時間を割いてご参加いただいた皆様をコンソーシアムメンバーとお呼びさせていただきます。フラットな取り組みですので、皆様のご参加・ご意見をいただきたいと思います。第2回全体研修会は2月に開催を予定しており、当日は特別基調講演も検討しています。その他、具体的に企業アクションから現在も発信している様々な情報もあります。メールマガジンですとかホームページ、これらを活用し好事例もご紹介していきたいと思います。
本日は改めて松田先生、非常に貴重なご講演をありがとうございました。それから250名を超える多くの皆様にご参加いただきました。心より御礼申し上げるとともに、一緒に企業のがん対策をやっていくという企業目線を入れていくことで、皆様のお力をお借りできればと思っています。ご清聴どうもありがとうございました。