コロナ禍での職域がん対策について

中川 恵一(東大病院放射線治療部門/企業アクション議長)

新型コロナウイルスとの戦いが続いています。

このウイルスがやっかいなのは、感染しても、風邪のような軽症であることが多く、8割は自然に良くなってしまいます。インフルエンザと異なり、症状が軽微なこの感染症では、多くの人々は感染しながら外を歩き回ってしまいます。症状の軽さこそが感染の広がりの原因になってしまうわけです。
さらに、怖いのは、重症化する人も一定の割合でいる点です。このウイルスの「ロシアンルーレット」的な面が私たちを不安に駆り立てます。
しかし、コロナ禍には終わりがあります。まずは、一人一人の行動によって、感染拡大を阻止して、早期の終息を目指す必要があります。その上で、職域でのがん対策に遅れが生じないように留意する必要があるでしょう。
がん対策推進企業アクションのパートナー企業におかれても、いっそうの御協力をお願い申しあげます。

さて、新型コロナウイルスの拡がりで、がんの予防や医療環境にも大きな影響が見られます。とくに、在宅勤務や職域検診の延期など、現役世代へのインパクトが大きく、がん対策推進企業アクションにとって、極めて重要な課題と考えます。以下に、現状での3つの課題について、議長としてのメッセージを送りたいと思います。

3つの課題について

  • 在宅勤務による生活習慣
    がんの発生原因の半分程度が生活習慣です。しかし、慣れない在宅勤務によって、喫煙や飲酒が増える可能性があります。とりわけ、通勤をしなくなることで、運動不足が進むことは確実でしょう。
    かりに、運動不足から肥満が進み、糖尿病になるとがんのリスクも高まります。がん全体では2割増、膵臓がんや肝臓がんでは2倍にもなります。在宅勤務が長引くことで現役世代でのがん患者が増加する懸念があります。在宅での運動をいかに確保するかが課題です。まずは、こまめに体重計に乗ることをお勧めします。
    また、在宅勤務や雇用への影響も長引けば、メンタルサポートも重要かと思います。
  • がんの早期発見の遅れ
    私自身が罹患した膀胱がんでもそうでしたが、がんは症状を出しにくい病気と言えます。ましてや、早期がんでは無症状であることがほとんどですから、早期発見には症状がなくても定期的に検査を行うがん検診が欠かせません。
    しかし、緊急事態宣言が出てからは、がん検診や人間ドックは事実上中止されています。現時点では、やむを得ない措置とは思いますが、コロナ禍においても、がんの早期発見の重要性は変わりません。
    日本のがんのうち罹患数が最多の大腸がんの場合、検診で発見されるような1期の10年生存率は92.9%ですが、転移がある4期では12.7%と大きく低下します。2番目に多い胃がんでも、1期と4期の10年生存率は90.7%と4.4%と、大きな差がみられます。
    コロナウイルスへの対策は必要ですが、年間102万人近くの日本人が、がんに罹患し、38万人以上がこの病気で命を落としていることも忘れてはいけないと思います。
    今は、社員の感染を予防しながら、企業活動の継続や事業の見直しに注力頂く時期ではありますが、環境の変化に応じて、がん検診の遅れを最小限にしていく必要があると思います。
  • がん治療への影響
    東大病院でも4月8日から1週間、定時手術が原則中止となりました。現在も規模を縮小して、手術を行っています。当院では、4月22日現在、院内感染は発生しておりませんが、国立がん研究センター中央病院(東京都中央区)では医師、看護師5人の感染が判明し、一時、入院や外来の新規患者の受け入れを中止しました。(※2020年4月22日現在の状況を受けてのコメントです)
    さらに、がん研究会有明病院(東京都江東区)は4月20日、手術室を担当する看護師が新型コロナウイルスに感染し、当面手術を通常の2割程度にしぼることになりました。外来と病棟での診療は引き続き行うとのことですが、同病院の年間手術数は8900件余と国内最多ですから、影響は甚大です。
    なお、放射線治療については、世界的に手術ほどの影響を受けておりません。近年普及が進む「定位放射線治療(ピンポイント照射)では数回の通院で治療が終わり、人工呼吸器や滅菌措置なども不要です。今回の事態を受けて、放射線治療の「短期間化」に加速がかかっています。
    さらに、抗がん剤治療などによる免疫力の低下と感染リスクなど、治療を必要とするがん患者への適切な情報提供も重要な課題となります。
中川先生

がん対策推進企業アクションでは、ホームページなどを通して、新型コロナウイルス感染症とがん治療、がん対策についての情報発信も行っていきたいと思います。

中川恵一

中川 恵一(がん対策推進企業アクション アドバイザリーボード議長)

東京大学医学部附属病院 放射線科准教授、厚生労働省 がん等における緩和ケアの更なる推進に関する検討会委員、文部科学省 「がん教育」の在り方に関する検討会委員

東京大学医学部医学科卒業後、東京大学医学部放射線医学教室専任講師、などを経て、現職。
緩和ケア診療部長、放射線治療部門長等を歴任。